クロガネ・ジェネシス

第28話 シーディス召喚
第29話 置いてきぼり
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第ニ章 アルテノス蹂 躙じゅうりん

第29話
置いてきぼり



 舞踏会会場。先ほど老騎士がこの場にいるようにという、指示に従って、零児達はその場に留まっていた。
 しかし、外で何が起こっているのかも当然ながら気になる。
 そんな状況下で何もせずに黙っていることを、零児は苦手としていた。
「どうする?」
 沈黙に耐えかねて、零児が誰にともなく口を開いた。
「黙っているしかないんじゃない?」
 さっぱりとした口調でアーネスカは答える。が、そう言いつつもあまり落ち着いていないらしく、先ほどから仕切りにグローブ越しに親指を噛んでいる。
「何が起きているのかな?」
 ピンク色のチャイナ風フォーマルドレスを身にまとった火乃木が、スリットから左足を時折覗かせながら落ち着きなさげにかかとで地面を叩いている。
「胸騒ぎがする……」
「その胸騒ぎ、原因はあれかもな……」
 ギンは城の窓ガラスから外を眺めながら言った。
「ギン?」
「外見てみろよ」
 零児はギンに促されて外を見る。
「な……なんだ、あれ?」
 零児は驚きのあまり絶句した。
 スミレ色のイブニングドレスをなびかせて、アルトネールも窓ガラスへ向かい、外を見る。
「……!!」
 思わず両手で口を押さえる。
 火乃木とアーネスカも急いでガラス越しにそれを見た。  ここよりはるか遠く、青白い光を放つ巨大な『何か』が歩いている。
 暗がりでそのフォルムははっきりしないが、どうやらそれは巨大な竜《ドラゴン》のようだった。
 それが歩いている。別に地面に気を使うことなく、それが普通であるかのように、歩きながら、口から青白いブレス攻撃を大地に向けて浴びせている。
「ギン、何あれ?」
 アマロリットもそれを見ながら、ギンに問う。
「知るか」
 返ってきた答えはある意味当たり前な答えだった。
 この場にいる貴族達も我先にと、彼らが見たものを己《おのれ》の目にせんと、外を見る。
 その瞬間会場が困惑した。貴族達は我が目を信じられず、パニックを起こし始めている。
 その時、会場の扉が突然開いた。そこから現れたのは、ピンク色のチャイナドレスを身に付けた、猫の亜人、ユウだった。
「ユウ!」
 アマロリットは彼女の元へと走る。
 ユウは肩で息をしていた。
「アマロ様……大変です」
「何があったの?」
 ユウは町で何が起きているのかを説明した。
 突如大量のクロウギーンが召還され、人々を襲っているということを。
「なぜ、そんなことが……?」
 アマロリットの問いに、ユウは、わかりません。としか答えられない。
 現在、クロウギーンを止めるために、ネル、シャロン、バゼルの3人が掃討に当たっているという。
「さっきのお爺さんが、あたし達にここに留まってろっていうのはこの事態のためだったのね……」
「どうやら、そのようね……」
 アマロリットと、アルトネールはそれぞれ納得したようにお互いの顔を見合わせる。
 一方、零児、火乃木、アーネスカの3人は別のことを考えていた。
 クロウギーンといえば、1つ思い出すことがあったからだ。エルノク国へやってくるときに見た、大量のクロウギーンの死体。
「どう思う、アーネスカ?」
 零児はアーネスカに意見を求める。零児には確信があった。なぜ、草木も生えていない、野生動物もほとんど存在しないこのアルテノスにクロウギーンがいて、人間を襲っているのか。アーネスカに意見を求めるのは、恐らく自分と同じ確信を持っているからだと判断したからだ。
「あの時見たあの魔法陣と……クロウギーンの死体。それらが、ここにいる理由……。召還魔術と見て、間違いないでしょうね……」
「やはりそう思うか?」
「どういうことなの? 2人とも」
 2人が何を言っているのかよくわからない火乃木は、零児に視線を向けて問いかける。
「火乃木、あの魔法陣のこと……覚えてるか?」
「うん……。なんの魔法陣かはよくわからなかったけど」
「あれはな、召還の魔法陣だったんだ」
「召還の? でも、召還魔術って、ギルドの許可なく使っちゃいけないんじゃ……」
「そんな許可を取らずに、勝手に使っちゃう奴もいるってことだ。アルテノスで暴れてるクロウギーンは、あの森にいたクロウギーンを、何者かが勝手に封印し、この町で放った奴らだったんだ」
「でもでも! クロウギーンって、人間は襲わないんじゃ……!」
 火乃木の口調が徐々に強くなってくる。
 認めたくないのだろう。自分達が埋葬した竜《ドラゴン》であるクロウギーンが人間を襲うなど。自分と同族だと思っている竜《ドラゴン》が、人間を襲うなど。
「普通はね。でも、あそこで暴れているクロウギーンが、召還の魔法陣に封印されて、今の今まで飲まず食わずの状態で放置されていたのだとしたら……」
「木の実も獣もいないアルテノスでならば、もっとも殺すのが簡単な人間を補食対象に選ぶのは……必然かもな」
「そんな……」
 アーネスカと零児の言葉に火乃木は言葉を失う。誰かに嘘だと言って欲しかった。
「ユウさん。バゼルやネルも戦ってるんだよな?」
 零児はまだ、肩で息をしているユウに問う。
「はい。他にも、各自治組織の騎士達も動き始めています」
「なら、このまま黙って見物ってわけにもいかないな。なにより……」
 零児は再び窓ガラスの外を見た。謎の巨大な竜《ドラゴン》の姿が零児の目に飛び込んでくる。
「あんなのが暴れてるんじゃ、どのみち平和に過ごすこともできそうにない。何より仲間が戦ってるんだ。俺もクロウギーン掃討のために動こうと思う」
「あたしもそうするわ」
 アーネスカが名乗りを上げる。
「正義の味方じゃないけど、自分達が住む場所は、自分達で守らないとね」
「俺も戦うぜ」
 零児、アーネスカと続いて、ギンも自ら戦うことを表明する。
「何者か知らねぇが、このまま黙って見過ごすことはできねぇぜ」
「それなら、私達も参戦するわ」
「何!?」
 ギンがそう表明した時、意外な人物が口を開いた。  アルトネールとアマロリットの2人だ。アマロリットは、回転式拳銃《リボルバー》に弾込めをしている。
「お前等も戦うってのか?」
「ええ。お客様が戦うって言ってんのに、あたしらだけ蚊帳の外ってわけにもいかないでしょ?」
 どこか余裕すら感じさせる笑みで、アマロリットは言う。
「ダメだ」
 しかし、ギンはアマロリットの言い分を否定する。
「なんでよ!」
「あんな奴ら俺1人で全員ブチのめせる! お前等が戦う必要なんかねぇ!」
 語気を強めて言うギン。しかし、アマロリットも同じくらい強い語調で反論する。
「あんただけにいい格好させたくないだけよ! 文句は言わせないわ!」
「チッ……」
 アマロリットの頑なな態度に、ギンは舌打ちをする。アマロリットは1度決めたことや言ったことは絶対に撤回しないのだ。
「好きにしろ!」
 ギンはどこまでも口汚い言い方で、アマロリットに言い放った。
「そうさせてもらうわ♪」
 しかし、アマロリットはギンの口調を意に介することなく両手に腰を当てて、それが当たり前といわんばかりに胸を張った。
 零児、アーネスカ、ギン、アルトネール、アマロリットが、クロウギーン掃討に参加することを表明した。
 アーネスカは先ほどやってきたばかりのユウに対して声をかけた。
「ねぇ、ユウ」
「はい」
「あなたは、火乃木の護衛をお願い」
「え!?」
 アーネスカの言い分に火乃木が驚く。しかし、ユウは火乃木の声を意に介することなく「わかりました!」と返事した。
「アーネスカ! どういうこと!?」
 火乃木は納得がいかないと言うように、食ってかかる。
 その答えはとても単純なことだった。
「あんたにクロウギーンを倒せるの?」
「!!」
 火乃木は辛酸を舐めたかのように表情を歪ませた。
「あんたはあの時……」
 アーネスカはクロウギーンの死体を埋葬した時のことを思い出す。
 見ず知らずのクロウギーンに同情し、死体を埋葬しようと提案した。
「あんたにとって、竜《ドラゴン》族は同族。そんな奴らを、あんたに掃討できるの?」
「で、でも……ボクは……」
 アーネスカの言うことはもっともだった。火乃木にクロウギーンを攻撃することなどできない。
 しかし、同時に、自分が完全に役立たずになってしまうことが怖かった。魔術も料理も中途半端で、戦闘になると知識の不足が露呈して、役に立たない。自分だけが何もできない。自分だけがいてもいなくても変わらない。それが火乃木には怖かった。
「火乃木。わかって頂戴。戦うことができない者と、行動を共にするわけにはいかないのよ……」
「――――――――――――!!」
 火乃木は声にならない声を上げて泣き始めた。ボロボロと涙が頬を伝っていく。
「……」
 いたたまれなくなって、アーネスカが胸に手を当てる。ユウも困惑しながら、しかし何も言えずにいる。
「零児! シェヴァは?」
 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。アマロリットは火乃木が泣いているのを無視しつつ零児に問うた。
「すぐ呼べる。だが、定員は俺を含めて4人までだ」
「OK。ユウ、あんたはここまで何で来たの?」
「ガンネードを使いました!」
「じゃあ、こうしましょう! 零児、アーネスカ、あたしの3人が、シェヴァ。ギン、アルト姉さんの2人は、ユウが乗ってきたガンネードに乗る。  まずは、バゼル達と合流しましょう。そのために、零児のシェヴァグループと、姉さんのガンネードグループに分かれましょう。合流することができたら、状況を確認してどう動くのかを決める。これでどう?」
「俺はそれで構わない」
 零児はアーネスカに視線を向ける。アーネスカは首を縦に降り、了承の意を示した。
 続いてアマロリットが、ギンとアルトネールに視線を送る。2人もそれで構わないと言うように頷いた。そして改めて、零児を見る。 「零児。シェヴァを呼んで」
「ああ」
 零児は首にかけてあった、竜操の笛を吹いた。
 甲高い音が響き渡り、セルガーナ・シェヴァが窓の外に降り立つ。
『グォォォォウ!!』
「またよろしく頼むぜ、シェヴァ!」
『グォウ!!』
「よし、行こう!」
 零児は早速シェヴァの背に乗ろうとした。
「レイちゃん!!」
 その直前、火乃木が頬を涙で濡らしながら引き留める。
「火乃木……」
「レイちゃん……ボクは……」
 震える声で、必死に火乃木は言葉を繋ぐ。
「ボクは……役立たずなの? ボクは……戦わない方がいいの……?」
 2人の間にしばし、沈黙が流れる。火乃木が零児と共に旅をすることになったとき、こうなるときはいずれくると思っていた。火乃木は竜《ドラゴン》に傷を付けることはできない。その時は、火乃木に戦わせない方がいいと、常々考えていた。
 そうなった時、火乃木になんと言えば良いのか、零児はその答えを持ち合わせていなかった。
 零児は火乃木に背を向けたまま言った。
「火乃木……悪いけど、俺には……何も言ってやれない」
「……」
 零児はそれ以上何も言わず、シェヴァの背に乗った。アーネスカとアマロリットもそれに続いてシェヴァの背に乗る。
「シェヴァ……行ってくれ」
『グオオオウ!』
 シェヴァは零児の意志に応え、空へ飛び立った。
 零児達が飛び立った後、アルトネールはユウに視線を走らせた。
「ユウちゃん。ガンネードはどこに?」
「正門の前に待機させてあります!」
「ありがとう! 行きましょう! ギン!」
「オゥ!」
 2人もその場から立ち去っていく。
 後には火乃木とユウ。そして、アルテノスの状況を眺めながらパニックに陥っている貴族達が取り残された。
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